控えめな暮らし方

98年暮れ、半年ぶりに中国から帰国した私は、
空港まで迎えに来てくれた夫の運転する車の中で、

泣いていた。

目を差すほどの光がまぶしすぎて、
涙がでてしまったのだ。

首都高湾岸線の照明は、昼かと勘違いしそうなほど。
日本ってなんでこんなにまぶしいの?
目もまともに開けていられないほどまばゆい光の中で、
泣きながら思った。
必要以上に明るすぎない?って。

確かにそのとき暮らしていた、中国東北部の街瀋陽は、
必要十分な明るさはなかった。
宴会で帰りが遅くなったりすると、
大通りには暗い街灯がちらほらあったけど、
宿舎のある敷地は真っ暗で、ヘタするとマンホールの穴に落ちかねなかった。
(マンホールのふたはよく盗まれていた)

停電は予告なくたびたびあり、
断水だって負けてなかった。

だけど、誰も文句なんか言わなかった。

最近はテレビでも節電特集みたいなものがあって、
いろんな節電方法が紹介されたりしている。
けちを自慢している私としては、大いに賛同である。
ま、今までやってなかったのね?とは思いますけど・・・

もう少し控えめな暮らし方でもいいんじゃないかな。
そう思っています。

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8 Responses to 控えめな暮らし方

  1. ポコチャン より:

    マンホールの蓋盗まれるのは日本でも時々聞くよ、後電線も盗まれるらしい。

  2. Tongtong より:

    まぶし過ぎる夜に、時々淋しくなるのでしょう。

  3. coffeebeans より:

    そうなんですよね!日本って、とくに新宿などの
    繁華街はビックリするほど明るいですよね!
    世界一夜が明るい都市なのではないでしょうか?
    日本にいるとこれが当たり前だと思って暮らしてしまう。
    夜の街が明るいのは先進国の証としては
    結構なんですけれどもね~(^^)
    わたしも普段からチョイけちでチョイ節約してます。
    猫と犬に高いご飯を買ってあげたいので・・・
    (そこはケチらない)

  4. jitian より:

     以前逗子にお住まいだった発明家の藤村靖之氏が「エコライフ&スローライフのための愉しい非電化」(洋泉社)を著して五年。神経質でつらくて不便な節電ではなく、家電製品のメリットも認めて便利さ快適さを保ちながら、効率の良い電気の使い方を提唱してこられた。だからこんな時代はメディアに出ずっぱりになるかと思いきやNHKの一番組でお見かけしただけ。
     一方、東電の「努力」で発電能力はますます上昇し、夏のピーク時の節電目標も下方修正。
     自由に電気が使えるのはありがたいことだけれど、こうなると、何のための原発だったのか、最初からなくてもすんだのではないかと、両親に避難生活を送らせた者として割り切れない気持ちになる。
    「隅々まで明るい日本」が、「ほどほどに明るい日本」に変わっていくよい機会と思っていたが、slecさんの違和感は永久に続きそうですね。

    • slecfarm より:

      「便利さや快適さを保ちながらの、効率のよい節電」って素敵ですね。
      確かに原発のことを考えると、本当に何と言っていいか、言葉を失くします。
      最近はまた煌々と電気をつけているお店などもあって、節電ものど元過ぎれば、にならなければいいなと願っています。みんながほんの少し、控えめにを心にとめれば、と。

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