控えめな暮らし方

2011年4月20日

98年暮れ、半年ぶりに中国から帰国した私は、
空港まで迎えに来てくれた夫の運転する車の中で、

泣いていた。

目を差すほどの光がまぶしすぎて、
涙がでてしまったのだ。

首都高湾岸線の照明は、昼かと勘違いしそうなほど。
日本ってなんでこんなにまぶしいの?
目もまともに開けていられないほどまばゆい光の中で、
泣きながら思った。
必要以上に明るすぎない?って。

確かにそのとき暮らしていた、中国東北部の街瀋陽は、
必要十分な明るさはなかった。
宴会で帰りが遅くなったりすると、
大通りには暗い街灯がちらほらあったけど、
宿舎のある敷地は真っ暗で、ヘタするとマンホールの穴に落ちかねなかった。
(マンホールのふたはよく盗まれていた)

停電は予告なくたびたびあり、
断水だって負けてなかった。

だけど、誰も文句なんか言わなかった。

最近はテレビでも節電特集みたいなものがあって、
いろんな節電方法が紹介されたりしている。
けちを自慢している私としては、大いに賛同である。
ま、今までやってなかったのね?とは思いますけど・・・

もう少し控えめな暮らし方でもいいんじゃないかな。
そう思っています。